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東北地方では何故正断層が多いのか?

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東北地方では何故正断層が多いのか?

お疲れ様です。

今日は最近の活断層型の地震から、今後、大地震を引き起こす可能性のある危険な活断層について取り上げたいと思います。

まずは2003年7月26日に起きたM6.4と推定される宮城県北部地震から考えてみましょう。

この地震の震源断層は、余震分布の観測と北上山地の西側の重力異常から、西に傾斜した断層が推定されているものと一致することが判明しました。

日本海が形成された2000万年前から1500万年前に活動した西側低下の正断層が存在し、西側に厚い堆積層が分布していることが調査により明らかになっており、地質学的にはこの断層の存在は推定されていたのですが、それが地震を発生させるような震源断層になるとは考えられていませんでした。

しかし、このときの地震では断層の西側のブロックが隆起するように逆断層として運動していました。

つまり、国の調査対象の活断層になっていないような断層でも地震は起こり得るということが言えます。

次は仙台市の真下にある長町・利府断層とよばれる断層帯です。

ここでは2000年にM5と小規模ではあるものの、この断層帯の深部延長で地震が発生したことがあります。

反射法地震探査の結果、断層帯の隆起側にあたる北西側には日本海の拡大期以降に堆積した地層が厚く分布していることが明らかになり、かつての正断層が現在は逆断層として動いていることがわかっています。

日本海ができる際に東北地方は大きく引き伸ばされて、その引っ張る力によって多くの正断層ができたのですが、それがその後反対に圧縮され、現在は逆断層として活動しているんです。

このように、断層が以前とは逆の方向に動くことを「反転運動」といいます。

なんで今回、この長町利府断層をわざわざ取り上げたのかというと、後に2011年の東北地方太平洋沖地震を起こすことになる地殻変動の影響で宮城県内のほとんどの活断層が過去100年超の間にずれ動いていたのですが、実は長町利府断層だけが割れ残っていたんです。

そのため、今後は東北の内陸部では特にこの活断層の活動に注意しなければいけません。

次は最近活発になってきている能登半島での地震です。

ここでは2007年3月25日にマグニチュード6.9の地震が発生しています。

能登半島の西方沖には海底活断層があることがわかっていましたが、地震後の調査により、この海底活断層が活動したことが明らかになりました。

この地震そのものは既存の断層の再活動であり、かつての日本海形成時の断層が震源断層になっていることがわかっています。

岩石は押しつぶすよりも引っ張って割る方が3分の1程度の力で済みますので、断層をつくるためには引っ張る方が簡単に割れ目を作れます。

さらに一旦できた断層は周辺の岩石より強度が低下するため動きやすくなっています。

こうした背景から内陸部では正断層が多く生まれ、一旦できた断層は何度も活動するようになるというわけです。

では続いて、最近まで急激な上下変動が続いていた新潟周辺についてです。

新潟県では2004年の新潟県中越地震と2007年の新潟県中越沖地震と短期間に2度、大規模な地震災害に見舞われたことがあります。

この地域は、断層や褶曲などのひずみが特に多数見られる「ひずみ集中帯」として知られていて、それが地震続発の原因となったと考えられます。

この地域の大きな特徴は「褶曲-衝上断層帯」と呼ばれる特殊な地質構造にあります。

褶曲とは地層が大きな力を受けた結果、割れて断層となるのではなく、曲がりくねる形で変形した形状を示します。

そして衝上断層とは、低角度の逆断層のことです。

中越地域は褶曲と衝上断層とが入り組んだ複雑な地下構造となっているんです。

褶曲が発達する地域の一つの特徴は堆積岩の地層の境界に沿って極めてすべりやすい層が生じ、その上の地層が曲がりくねって変形するようになることです。

このため逆断層によるズレがこうしたすべりやすい地層中で低角度となり、地表には断層が現れにくくなります。

こうした特異な地質構造の要因となっているのが、佐渡島から越後山脈の間に形成された、新潟平野を含む最大厚さ約7キロメートルに達する分厚い堆積層の存在です。

この地域は日本海が形成される時に地殻が引き伸ばされて深い割れ目が入り、大規模な溝が形成され、そこに大量の玄武岩が噴出し、その後に運ばれた堆積物で埋め尽くされ厚い堆積層が形成されました。

また、2004年の新潟県中越地震と、2007年の新潟県中越沖地震の震源域は北北東-南南西方向に向いていますが、南端にそれを横切る西北西-東南東方向の断層があるために、それ以上は動くことはないと考えられます。

大規模な溝が形成される場合、引っ張っている方向でどのくらい伸びるかという量は規制されますが、引っ張りの方向と垂直な方向では、同じ箇所に断層が入る必然性はなく、横断方向の断層が形成されて断層が形成される場所がずれていくという変形になります。

断層の再活動については古い断層が引き継がれることになり、日本海が形成される時の構造が、発生する地震の規模にも影響を与えていることが明らかになっています。

次は2008年に発生したM7.2の岩手・宮城内陸地震です。

この地震の震源域の北部では出店断層と呼ばれる活断層の存在が明らかになっていました。

そして反射法地震探査により、この出店断層も含めた4つの断層がドミノのように並んで入っていることが示され、震源となったのは4つの断層のうち最も内陸側の山地と平野との境界部分に位置する断層であり、もともと正断層だったものが逆断層として動いたことがわかりました。

また、震源域の中部では地震前には活断層の存在が認められていませんでしたが、反射法地震探査により、山地と平野の境界部分に断層が存在していることがわかりました。

つまり山地と平野の境界部分の、それまで活断層がはっきりと認識されていなかった部分が震源となっていたということです。

この震源域では、山麓が火山噴出物で覆われているため活断層が見つけにくいためか、活断層は知られていませんでした。

しかし冷静に考えれば、同じ高さの山脈で、ある山には活断層があって山を持ち上げているにも関わらず、ある山には何もないというのはおかしいです。

一連の地形の高まりがあって、その地形が断層運動によって形成されているとき、一部にしか活断層が見えないというのはおかしくて、これでは地形的な高まりについての説明ができません。

むしろ、何らかの原因で活断層は見えないけれど震源断層はあると判断すべきなんです。

このように東北地方の地下には日本列島形成時にできた正断層が数多く存在しています。

そこにユーラシアプレートが太平洋プレートと押し合う力が働くことで、かつての正断層が逆断層として動き、いくつもの地震が発生してきました。

2011年の東北地方太平洋沖地震は活断層型ではなくプレート境界型の地震です。

押し合いながら均衡を保っていた太平洋プレートとユーラシアプレートの力の働きが限界に達し、プレート境界に沈み込んでいたユーラシアプレートが跳ね上がって伸びるような動きをしたと考えられます。

実際に地殻変動のデータを見てみると東北地方は地震後に数メートル太平洋側に引っ張られていました。

つまり、押し合うことで生まれていたひずみは解放されたと考えることができます。

活断層型とプレート境界型の地震は、全く別の種類の地震だと思われがちですが、どちらもプレートで働いている力が原因で発生していることには変わりはないということを理解しておかなくてはいけません。

 

 

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